セレブリティーも唸る福島の味
調理長が大切にする「常にお客様の側に立ち作ること」
会津生まれ、この道40数年の調理長が腕を振るう四季彩一力。英ウィリアム王子を始めとする海外の賓客や要人をこの味でもてなしてきた。
「郡山の奥座敷」磐梯熱海温泉。「美人の湯」とも称され、猪苗代湖から流れ出る五百川(ごひゃくがわ)の流れに沿うように温泉旅館が建ち並んでいます。福島県の中心に位置するターミナル駅、郡山駅から最も近い温泉街であることから、福島観光を楽しむ人々の多くがこの地で旅の疲れを癒しています。
「四季彩一力」は、その磐梯熱海温泉で最も古い大正7年創業の旅館です。これまで皇族方や海外の要人など多くのセレブリティーが宿泊し、磐梯熱海随一の格式を誇る旅館として歴史を重ねてきました。2018年には創業100周年を迎えています。
その歴史ある一力の味を一手に担ってきたのが、調理長を務める齋藤清男(せいお)さん。会津若松市出身でこの道40数年の大ベテランですが、料理の道へ進む以前は意外な経歴をお持ちでした。
「自動車のディーラーにいたんです。最初は整備をやり、そのあと営業に回りました。しかし、毎日毎日頭を下げてばかりなのに若い者が売りに行ってもそんなに簡単に売れるものじゃない。頭を下げるより下げてもらえるような仕事がしたいと思うようになりました。料理の仕事なら、食べたあとにお客様が「どうもごちそうさま」といって軽く頭を下げてくださるでしょ。自分もそんな仕事がしたいと思ったんです。」
23歳で最初に門を叩いたのは会津若松の日本料理店。3年ほど経験を重ねました。その後、知り合いの紹介で東京のホテルに移り洋食や中華も習得。今の料理につながるアレンジ力を身につけます。
「でも、やっぱり自分は会津の生まれですし、会津と言ったら和食、郷土料理ですから、地元に近いところで和食の道に進みたいと思いました。一度会津若松に戻った後、妻が郡山の出身だったことからご縁があって一力にお世話になることになり、昭和60年にここに来ました。もう勤続36年になります。」
Terroir
福島を代表するブランド牛「福島牛」を盛り付ける。
山を越えればすぐそこは会津地方という立地の磐梯熱海。日程の関係で会津観光に行けないお客様に人気なのは、こづゆやニシンの山椒漬け、棒たら煮といった会津の伝統的な郷土料理です。食材に関しても、お客様が求めるのは地産地消の食材。生産者とのネットワークを活かしながら季節ごとの食材を仕入れると齋藤さんは言います。
「たとえば米なら郡山のブランド米である「あさか舞」。これはみなさん口を揃えておいしいと言ってくださいます。野菜やきのこにしても、献立の中に「会津産」「郡山市○○町産」と入れてあげるとそれだけでも喜んでいただける。みなさん地の物を楽しみにいらっしゃるので、私たちもできる限り地元の食材を多く取り入れるようにしています。」
そんな齋藤さんにとっての喜びはやはり、「おいしかった」のひと言です。
「リピーターのお客様の多くは私の料理の味付けを覚えていらっしゃるようで、給仕のスタッフに“今日も大将の味だね”と伝えてくださることがあります。自分の料理のファンがいらっしゃるというのは、料理人として本当にうれしいことです。
時には給仕のスタッフに“大将を呼んで来て”とおっしゃるお客様もいらっしゃいます。何かお口に合わないものを出してしまったかと思い恐る恐る行くと“どれでもいいから好きな酒を飲みな”ってお客様がおっしゃるんですね。仕事中ではありますが、自分の料理を気に入ってくださったということだと思いますし、飲むと喜んでくださるので、そうした時は遠慮なくいただいています。」
Mariage
県産きのこのテリーヌ。会津坂下町 曙酒造の「天明」とともに。
この日まず出していただいたのは、きのこのテリーヌ。クリーミーでしっとりとした食感の中にきのこの豊かな風味が漂う一品です。合わせるお酒は、会津坂下町 曙酒造の「天明槽しぼり 純米本生」。会津産の酒米「五百万石」を100%使用した純米酒を約半年氷温貯蔵し豊かな旨みとほのかな酸味を引き出した人気の食中酒です。
「きのこと、きのこから出る水分、それに卵と生クリーム。それだけで仕上げています。きのこの香りがなるべく引き立つよう、余計なものは入れていません。数種のきのこをミックスしてミキサーにかけ和のテイストを盛り込んだ秋のテリーヌです。
食材の個性と料理人の個性がマッチして新しい料理ができていく。その変化が個性だと思いますし、料理だって時代と共に進化していくものだと私は思っています。」
そんな齋藤さんの言葉に、女将の小口潔子さんがこう続けます。
「昔は何でも手作りしましたけど、今はどうしても化学調味料や防腐剤が入った食べ物が多いでしょ。便利だし日持ちもするから仕方がないけれど、一力では今作って今お出しする。だからどこにもない一力の味になる。こうして受け継いできた日本の旅館料理は、文化遺産と呼べる価値を持つものだと思います。」
もう一品、調理長が用意してくれたのは、福島牛のステーキ。リピーターのお客様に人気のブランド牛を「秋の収穫祭」をテーマにアレンジしました。
「お祝いに赤飯はつきものということで、古代米を使った赤飯を俵状に握って積み上げ、飾りつけに稲穂を添えました。ステーキの上に乗っているのは、かぶら蒸しです。新かぶの旨味をステーキに乗せて味覚の秋をイメージしました。」
合わせるお酒は、二本松市 大七酒造の「箕輪門」。雑味のない深く滑らかな味わいで多くのファンを持つ生酛造りの純米大吟醸は、国内のみならず海外でも高い評価を受けています。
皇族や海外の賓客も多く宿泊される一力。中でも齋藤さんにとって思い出深いのが、2015年にイギリスのウィリアム王子が宿泊された時のことだそうです。
「あの頃は福島県産の食材の安全性がまだまだ周知されていない時期でしたし、どんなに説明しても“危険なんじゃないか”という目で見られがちでした。その中で福島の食材を食べるためにイギリスからおいでいただいたのがありがたくて、我々もすべて福島県産の食材でおもてなしをしました。肉は郡山のうねめ牛、魚は相馬で水揚げされたもの、野菜もすべて福島のものにこだわってご提供したことを覚えています。
地元の食材を使い、それが要人の方々に振舞われるとなると、生産者のみなさんも喜んでくれますね。“うちの食材がどう変化するのだろう”といって生産者のみなさんがたまに宿に泊まりに来てくれることもあります。そうするとまた関係が深まる。地産地消というのはそういうことの繰り返しなんだと思います。」
料理の道を選び45年。最近は後進の指導にも取り組む齋藤さん。若い料理人にはどんな指導をされているのでしょうか。
「一番に言うのは、味付けにしても盛りつけにしても食べるお客様の側に立ちなさいということ。慣れてくると、どうしても料理が単なる流れ作業になってしまいがちです。盛り付けも最初に決めた盛り付けから少しずつズレてしまって、毎日作っていくうちにまったく美しくなくなってしまっていることもあります。その盛り付けが本当においしいか、本当に美しいか、一皿ずつお客様の視点に立って考えようという話はよくしますね。」
一方で、齋藤さんご自身の創作意欲もまったく衰えてはいないようです。
「若い者達と比べたってまったく負ける気はしないですね。魚を捌くこと一つとっても私の方がまだまだ速いし丁寧です。料理を作るのが好きだという気持ちがそれだけ強いのだと思います。
心を込めて作ったものを食べていただいた時、お客様がどんな顔をされるのか。その楽しみや喜びがあるから、いつまでも料理が好きでいられるのだと思います。」
四季彩一力(しきさい いちりき)
- Address:福島県郡山市熱海町熱海4-161
- Tel:024-984-2115
- Open:《お問合せ、ご予約受付時間》9時〜21時