鮮度にこだわり行き着いた相馬の海の幸
提供するのは「作りたい料理」より「求められる料理」
ジャズが流れる落ち着いた雰囲気の店内。突き出しからほぼ福島県産食材で彩られる。
寒流の親潮(千島海流)と暖流の黒潮(日本海流)がぶつかる福島沖の海は「潮目の海」と呼ばれ、豊富なプランクトンを求める小魚、そしてその小魚を求める大きな魚が集まる豊かな漁場です。この海で穫れた魚は「常磐もの」と呼ばれ、福島県浜通り北部の相馬港はその水揚げ港の一つとして発展してきました。
その相馬の新鮮な魚にこだわるのが、福島市にある「はりまや」。まもなく創業50年を迎える老舗です。かつてはうどん居酒屋として深夜まで営業し、街の呑兵衛達の「〆の店」として知られていました。しかし、時代の流れの中、徐々に新しい店の在り方を模索。2002年、店のルーツであるうどんのメニューも残しつつ、より質の高い和食を提供する「酒饌 はりまや」として現在の場所に移転し再オープンしました。現在は、先代の娘さんである大谷(おおがい)弥生さんが料理を、ご主人の年明さんがホールを担当し、二人三脚で店を切り盛りしています。
弥生さんは、郡山の調理師専門学校で和食を学んだのちホテルに就職。フレンチシェフのもとで調理事務として働きながら、フランス料理のメニューや手順を間近で学びました。
一方、その勤務先でホテルマンとして働いていたのが夫の年明さん。バーテンダーも経験するなど接客経験豊富な年明さんがホール、弥生さんが調理場という役割分担は当然の流れでした。店内にはジャズが静かに流れ、ネクタイにベスト姿の年明さんによるスマートなサーブが、大人の嗜みの時間にそっと品格を添えます。
お店の経営で忙しい両親のもとに生まれた弥生さんは、子供の頃、毎年夏休みになると相馬の叔父のもとへ預けられ、海の恵みに満たされた夏休みを過ごしました。その経験からか、魚の鮮度へのこだわりは人一倍。神経締めされた九州の魚など各地の魚を仕入れてきましたが、行き着いたのはやはり、福島市から一番近い海であり思い入れもある相馬の魚でした。
Terroir
相馬で水揚げされた大ぶりのメヒカリ。オーブンでじっくり焼き上げる。
そんな相馬産の魚の中で欠かせないものといえば、メヒカリ。いわきの名産魚として広く知られる魚ですが、相馬でも良質のメヒカリが水揚げされます。はりまやでは、イワシほどもあろうかという大ぶりのメヒカリは一度干したうえオーブンでじっくりと焼きものに、一般的な大きさのメヒカリは定番の唐揚げにと、サイズによって調理方法を変えて提供しています。
「地元の人が首都圏からのお客様をもてなすような機会に使っていただくことが多い店なので、そうしたお客様からの“地の物を食べたい”というご希望にお応えしてきた結果、今のようなメニューに落ち着いた感じです。せっかくお客様をもてなす場としてうちを選んでくださったのに、全国どこでも食べられるような料理を出しては申し訳ありませんから。」(弥生さん)
気がつけば、魚はもちろん野菜や肉までほとんどが福島産に。かつてのうどん居酒屋は、今や福島市内指折りの「地元を味わえる名店」として、県外からの多くのお客様をうならせる店となりました。
Mariage
濃厚かつとろける味わいの相馬産あん肝。鮮度へのこだわりとフレンチシェフのもとで学んだ技術の結晶。
相馬産の海の幸でもとりわけ弥生さんが自信を持っておすすめするのが、冬場に旬を迎えるあん肝。フォアグラに用いられる真空調理法を取り入れ、水揚げ後すぐに直送された肝を店内で真空パック。67~70℃の低温で35分ほど加熱し脂を閉じ込めてから、しっかり冷やします。この技術は、ホテル時代に弥生さんがフレンチシェフのもとで学んだもの。産地直送ならではの鮮度を最大限に生かした、濃厚でありながら口の中でさっととろける極上の一品です。
合わせる酒は、会津若松市 宮泉銘醸の「冩楽 純米吟醸」。全国にファンを持つ冩楽ならではの旨味が、あん肝の脂をしっかり受け止め、流してくれます。
「ノドグロ」はアカムツの別名として知られますが、相馬でノドグロと言えば「ユメカサゴ」。こちらもまた、常磐ものを代表する人気の魚です。このノドグロは煮付けで。合わせる酒は、南会津町 国権酒造の「国権 純米大吟醸」。煮汁の甘さが効いた煮付けをしっかりと受け止める力強い酒です。
お酒のチョイスは年明さんの領域。そこにも、鮮度にこだわるはりまやならではの考えが息づいています。
「県産の酒は常時8~9種類揃えていますが、基本的には蔵の顔が見えるものだけを扱っています。もっと多くの県産酒を揃えているお店もあるでしょうが、自分の手元でしっかり鮮度を管理できる本数は決まっていますから、無理に増やすことはしていません。あれもこれもと入れてはみたけれど結局あまり飲まれずにそのまま品質を下げるようなことはしたくないんです。」(年明さん)
相馬に想いを抱く一方、母方は会津の出身で、鰊の山椒漬けやこづゆといった会津の郷土料理にも子供時代から馴染みが深かったという弥生さん。その料理には、海から山までさまざまな食文化を持つ福島の「味のDNA」が染み込んでいます。
「うちには、あまり手をかけないストレートな料理しかありません。都会的ではないかもしれませんが、小細工がないぶん、素材をそのまま味わってもらえるような料理が多いと思います。
料理人として“俺の料理を食べてくれ”みたいに腕を振るう気持ちはまったくないんですよね。むしろまったく逆で、いかにお客さんに合わせるか、いかにお客さんに喜んでいただくかをいつも考えます。そのためにも、鮮度の悪いものは使わないし、旬じゃないものは使わない。こだわりはそこだけです。」(弥生さん)
なので、料理に対して哲学があるわけではないんです。そう弥生さんは謙遜します。しかし、「お客様のために」というご夫妻のこの思いこそ、はりまやの哲学。旬の酒と旬のアテ、そして店のルーツであるうどんを磨く2人の店づくりは、これからも続いていきます。
酒饌 はりまや
- 住所:福島県福島市置賜町6-9 清水屋ビル 2F
- 電話:024-523-5444
- 時間:18:00~23:00
- 定休日:日曜、祝日
- 平均予算:7,000円~8,000円