100%飯舘産そば粉で江戸そばを極める4代目
そばを打つ自分の姿がいつか町の景色になるように
県庁通りに面する大町おかめや。カウンターキッチンにしたのは「お客さんに納得して食べてもらうため」だと言う。
福島市から東へ約35km。阿武隈高地の山あいに位置する相馬郡飯舘村。ブランド牛の「飯舘牛」などで知られる緑豊かな農村でしたが、東日本大震災とそれに伴う原発事故の影響を受け、一時は全村避難を余儀なくされました。その後、一部を除き2017年3月31日に避難指示は解除。村には少しずつ住民が戻り、新しく小中一貫の義務教育学校が開校するなど、日常を取り戻す取り組みが続いています。
そんな飯舘村で新たに栽培が始まったそばの品質に惚れ込み、100%飯舘産のそばを自らの店で提供するようになった「大町おかめや」の店主、佐藤和敬さん。彼は、かつて福島市大町に店を構え、現在は市内の福商通り沿いで営業を続ける大正14年創業の老舗そば屋「おか免(め)や」の4代目にあたります。
佐藤さんは高校卒業後に上京。和食の板前として5年働いた後、2軒のそば屋でそれぞれ4年と2年の経験を重ねました。この『テロワージュふくしま』にも参加している「和肴 ごとく」の店主、阿部俊光さんとは幼なじみ。その「ごとく」のオープンを手伝うために帰郷し約2年、さらに実家の「おか免や」で約2年働き、2017年9月、満を持して自身の店を開店しました。店を出すならもともと実家の店があった大町に出したかった。ここに店を構えた理由を佐藤さんはそう語ります。
「小さい頃からばあちゃんに“お前は跡取りだぞ”と言われて育ちました。両親は逆に“好きなことやればいい”と言ってくれていたんですけど、そば屋っていろんな世代の人が来るし、金持ちも庶民も食べに来る場所じゃないですか。そういう、みんなが集まる“町のそば屋”に憧れがあったので、そば屋以外の店を出すことは考えられなかったですね。」
とはいえ、ひと口に「そば」と言ってもそのスタイルはさまざま。佐藤さんのそばは「おか免や」のそれとはずいぶん違うものだと言います。
「じいちゃんの時代はそばより小麦のほうが高級品だったから、小麦粉を多く使ったそばのほうがいいとされていましたし、小麦が安くなってそばの国産原料が少なくなると十割そばがもてはやされるようになった。同じそばでも時代によって違うんですよね。」
大町おかめやで提供されるそばは、そば粉十割につなぎ一割の「外一(そといち)」と呼ばれる配合。店の裏手にあるそば打ち部屋はガラス張りで外から見えるようなっており、道行く人は興味深そうに手打ちの様子を見ながら通り過ぎていきます。
「自分がまだ若いこともあるので、すべての行程が見えるようにしたほうが納得して食べてもらえるだろうと思って、そば打ち部屋はあえて外から見えるようにしました。毎日顔を見かける方もいますし、ガラスの前に張り付いて最後まで見ていってくれる子供さんもいます。そういう人たちにとって、自分がこうやってそばを打っている姿が町の景色の一部になれたらいいですね。毎日ここに立って、“あいつ今日も元気にやってるな”って思ってもらえたらうれしいです。」
Terroir
飯舘産「信州大そば」の実。甘皮のこの緑色が佐藤さんの江戸そばの肝となる。
そんな佐藤さんが惚れ込んだ飯舘のそば。「信州大そば」と呼ばれる品種で、その名の通り粒立ちのいい大きな実が特徴です。そのそばの実を、外側の黒い殻だけを取った「丸抜き」と呼ばれる状態で仕入れます。
「そばというと多くの人は黒い粒が入ったグレーの麺を想像すると思いますけど、あれはいわゆる<更科そば>で、殻ごと石臼で挽いたものです。僕のそばは<江戸そば>と呼ばれるもので、丸抜きされた原料を挽いて粉にします。そうすることで、甘皮の色と風味が生きたそば粉ができ上がります。」
そば粉に冷水を混ぜてこね始めると、たちまちそば打ち部屋にそばの香りが満ちてきます。非常に体力のいる作業ですが、そばの鮮度にもこだわる佐藤さんは、毎日欠かすことなくこのそば打ちに取り組みます。
「そばの実は、粉にしてしまうと色も風味もすぐに飛んでしまいますし、水分も抜けてしまいます。その日のそばはその日に打つ。そうすることで、できる限り風味を感じていただけるようにしています。
ただ、打ったあとにあえて少し寝かせてから出す店もありますし、配合もそれぞれの店でいろいろな考え方があります。どれが絶対ということではなく、それぞれの店が自信を持ってそばを出し、それをおいしいと言ってくれるお客さんがそれぞれの店につく。僕はそれでいいと思うんです。」
手でこね、長さの違う3本の棒を使って延ばす江戸そばならではの作法で打つこと約40分。薄いうぐいす色をまとった美しいそばがようやく出来上がりました。
Mariage
粋を感じる江戸そばのせいろ
茹で上がり、せいろに盛られた佐藤さんの江戸そば。光沢のある上品な美しさを放ちます。味もまた上品で雑味がなく、そばの香りが口いっぱいに広がります。のど越しにかすかな角を感じるのも、約1.5mmほどの正方形に麺を切っていく江戸そばならではの魅力です。そばつゆは、かつお節とサバ節で出汁を取ったシンプルなもの。これは「おか免や」として代々受け継いできた味を受け継ぎました。
このそばに合わせるのは、二本松市 大七酒造の「大七 純米生酛」です。
「大七は、そば屋で使う酒としてはこれ以上ない酒ですね。常温でも冷やしてもうまいし、燗にしたらなおよし。東京時代からずっとこれをおすすめしています。うちでは毎年、正月近くになると大七の樽酒を仕入れて、年末からの1~2ヶ月間、樽酒のうまさをお客さんに味わっていただいています。」
飯舘産の信州大そばを使ったそばが食べられるのは、県外はもちろん県内でもほぼ大町おかめやのみ。このそばを「わざわざ食べに来たくなるそば」に育てたいと言う佐藤さん。いつか、会津に劣らないそばの産地として飯舘が知られるようになる日が来るかもしれません。
和食の修行経験も持つ佐藤さん。食通を唸らせる「酒の肴」が楽しめるのもこのお店の魅力です。旬の一皿は、木製の短冊に書かれ並びます。中でも人気なのが、会津名物の馬刺しです。会津坂下町から届く馬刺しは一人前ずつ真空でお店へ。そうすることで、鮮度の高い馬刺しをいつでも提供できるようになりました。にんにく味噌で食べるのが会津の馬刺しのスタンダードな食べ方ですが、レバ刺しが好きだったという佐藤さんがおすすめする食べ方は、ごま油と塩。そこに、同じ会津坂下町の廣木酒造「飛露喜 特別純米無ろ過生原酒」を合わせます。
こうしたメニューが人気を呼び、最近では、そば屋としてはもちろん、居酒屋感覚で店を使ってくれる地元の常連客も多くなってきたと言います。オープンキッチンのカウンターで佐藤さんの仕事ぶりを眺めながら、旬の肴と福島の酒とのマリアージュを楽しみつつ、〆に心込めて打たれた蕎麦を流し込む…そんな楽しみ方ができるお店です。
「東京で修業をしていた時から、いずれ地元に戻って商売をする、絶対に福島に帰ると思いながら働いていました。震災後は福島での商売に不安を感じた時期もありましたが、地元のことを考えるたびに、知り合いやお世話になった人、いろんな人の顔が思い浮かんで、その人たちの存在が背中を押してくれました。想いがある土地で店をやることは、僕にとっては当たり前のことだったんです。」
音楽にも造詣が深い佐藤さん。そば屋が順調に軌道に乗る中、次は店の2階に新しくミュージックバーを開き、新しい賑わいの輪を生もうとしています。かつて憧れた地位も世代も超えて愛される「町のそば屋」。その枠を超えて、大町おかめやと佐藤さんの存在は、これからの福島の町の賑わいになくてはならないものになり始めています。
大町おかめや
- 住所:福島県福島市大町9-16
- 電話:024-503-9435
- 時間:<昼>11時半~14時LO <夜>17時~21時LO
- 定休日:月曜、火曜
- 平均予算:3,000円~