30数年の経験を経て辿り着いた
県産食材への想いと日本ならではのフレンチ。
シェフが自ら足を運び目利きした食材の数々がテーブルを彩る。このディナーを目当てにリピートで訪れる宿泊客も多い。
季節や天気によってさまざまな色彩に変化し見る人を魅了する五色沼。その湖沼群を生んだ明治の大噴火の爪痕を残す磐梯山の荒々しくも雄大な山容。そして泉質が良く豊かな湧出量を誇る温泉。裏磐梯は、福島県の数ある観光地の中でもとりわけ大自然の力強さを感じる場所です。
その裏磐梯の一角に、築40数年の保養所をリノベーションし2009年にオープンしたホテルがあります。名前は「ホテリ・アアルト」。ホテリは“ホテル”、アアルトは“波”を意味するフィンランド語です。裏磐梯と同じく大自然と共存する国、フィンランド。2つの土地、2つの心をつなぎ合わせたいという想いから、この名がつけられました。そのコンセプトの通り、ホテル内では使い心地が良く木のぬくもりを感じさせる北欧家具が多く使われ、非日常の贅沢なひとときを味わうことができます。
そんなホテリ・アアルトのもう一つの魅力。それが、地元食材にこだわり提供される食事です。腕を振るうのは、湯座一心(ゆざ いっしん)シェフ。フレンチをベースに、福島の食材の魅力を最大限に引き出した料理を提供し続けています。
湯座シェフは、福島県南部・棚倉町の出身。料理の道に進むことは「幼稚園の頃には決めていました」と笑います。
「母親の実家が飲食店をやっていましたし、親戚にも飲食業を営む人が多かったんです。きっとその影響でしょうね。」
県内の高校を卒業後、東京で航空会社系列のホテルに就職し、フレンチの道へ。5年ほど修行を重ねた後、1991年に郡山市にオープンしたホテルハマツのレストランに立ち上げスタッフの一人として関わります。そこで調理場を束ねていたフランス人料理長の仕事に触れたことで、料理に対する湯座さんの意識は大きく変わったと言います。
「それまでは、ただ言われたことを怒られないようにこなすような料理の作り方しかしていなかったんです。でも、その料理長の下で働いて初めて、“このままの自分の技術では料理の世界で生き残れない”と思いました。」
以来、湯座さんは、県内外の有名フレンチなどを食べ歩き、自分に足りないもの、自分が身につけるべきものを模索し始めます。さらに、県内の別のホテルや飲食店でも経験を重ね、白河市に自身の店を出店するなどして調理の幅を広げる中、2021年2月にホテリ・アアルトの新しいシェフとして声がかかりました。
Terroir
ホテルがある北塩原村の生産者と契約し、採れたての新鮮なアスパラガスを提供している。
東京に出た時から、いずれは故郷に戻って料理の仕事をしたいと考えていたという湯座シェフ。料理人としての意識が変わるのと同じ頃に彼の中に湧き上がってきたのが、県産食材への想いでした。
「ちょうど地産地消という言葉が浸透してきた時期でもありました。私自身、地元にこれだけおいしい野菜があるにもかかわらず、わざわざ八百屋から県外の野菜を買うことに疑問を感じ始めていました。
それに加えて大きかったのは、やはり東日本大震災後の風評被害です。当時はよくお客様に“福島のものは入れないで”と言われたものです。これだけおいしいものを多くの人に知らせないのはもったいないと、なおさら思うようになりました。
生産者のみなさんはとても熱い想いを持っています。微力ではあるけれども、その想いを自分の料理で首都圏からのお客様に伝える。もしも帰りに“あの野菜がおいしかったから買って帰りたい”と思ってもらえれば、自分も福島の食に貢献できるのではないか。そんな気持ちが強くなっていきました。」
休みの日には直売所に通い、自ら目利きし野菜を調達。生産者との関係も徐々に構築しながら、県産食材の割合を少しずつ増やしていきました。始めは郡山市周辺の生産者が中心でしたが、ホテリ・アアルトで腕を振るうようになってからは会津地方の生産者とのつながりも増えています。例えば、アスパラガスはホテルがある北塩原村の生産者と契約し仕入れ。新鮮なものを新鮮なままお客様に提供できることが、地産地消の一番の魅力と湯座さんは言います。
「お客様はみなさん口を揃えて“野菜がおいしい”と言ってくださいます。野菜そのものの味を感じていただきたいので、必要以上に手を加えることなく、なるべくそのまま提供するようにしています。」
Mariage
福島牛のステーキ。地元産の野菜が彩る付け合わせとともに。
県産食材へのこだわりは野菜ばかりではありません。この日用意していただいたのは、福島牛のステーキ。比較的落ち着いた年齢層のお客様が多いホテリ・アアルトでは、サシの入った和牛よりもあっさりとした牛肉が人気です。そこで湯座シェフは、脂身の少ない、いわゆる交雑種の牛肉を使用。今回のお料理は噴火によって特徴ある自然環境が生まれた裏磐梯らしく、熱せられた溶岩のプレートに乗せて提供しています。付け合わせの野菜は、ヤングコーン以外すべて直売所から仕入れてきたものです。
合わせるお酒は、二本松市 大七酒造の「大七 純米生酛」。ホテリ・アアルトで提供される辛口の日本酒の中で一番おいしい酒と湯座シェフは太鼓判を押します。
地元・北塩原村産のアスパラガスは2cm程度に短くカット。昆布の出汁で軽くゆでた後、桂むきのようにスライスしたズッキーニで巻きつけ、ゼラチンで固めて仕上げました。ソースはクレソンから作ったソースとマスタードの2種類。付け合わせのハーブも西会津町で栽培されたものを使っています。
デザートは、生チョコのようなとろみを感じる仕上がりの自家製ガトーショコラ。アールグレイとジャスミンで作ったクリームソースがかけられています。添えられたのは、北塩原村早稲沢地区で作られた夏イチゴと、郡山の「ベリースパーク郡山」で作られたラズベリーです。
湯座さんが目指すフランス料理。それは、食べる人に敷居の高さを感じさせない料理だと言います。
「フランス料理というと、どうしてもかしこまったイメージが強いですが、それを払拭したいんです。味噌や醤油を使い日本人でも親しみやすい味付けにしたり、ナイフやフォークよりも箸で食べやすいようにあえてカットしてお出ししたりするなど、日本ならではのフレンチになるよう工夫をしています。」
最近は調味料の自作に凝っているという湯座シェフ。料理の味付けに使うものの多くはシェフの手作りです。
「料理そのものはもちろん、ソースやマスタードの味を褒めていただくこともあります。中には売って欲しいと言ってくださる方もいて、手をかければそれだけうれしい反応が返ってくるのだと実感しています。将来的には、作ったソースや調味料をただ料理に使うだけでなく、販売もしていけたらと思っています。」
料理の道に進んで30数年。湯座シェフはこれまでも、そして今この時も、新しい道を模索しながら自らの味を追求しています。