「郡山の生え抜きシェフ」の誇りを胸に極める
奥会津牛と酒・地元食材の阿吽の呼吸
15坪ほどのこじんまりした店内。落ち着いた和の雰囲気の中で極上の奥会津牛を堪能できる。
会津の食といえば「こづゆ」や「にしんの山椒漬」といった郷土料理が思い浮かびますが、馬刺し、会津地鶏、そして会津牛と、福島県内でも高品質なブランド肉が揃う地域でもあります。そのブランド肉の中でも、とりわけ上品な甘みのある脂で注目を集めているのが「奥会津牛」です。
郡山市大町。旧街道から一本路地を入ったところに、その奥会津牛にこだわった隠れ家のような和牛割烹「あ吽」があります。店主の林亮太さんは生まれも育ちも郡山。高校卒業後、郡山の老舗料亭で約10年修行をし、2013年にこのお店をはじめました。
「高校に入る頃にはもう料理人になることを決めていました。父が市場関連の仕事をしていて、毎年春には花見を、秋には芋煮会を仲間たちとやるんです。仲間もやはり市場の方や生産者の方たちなので、みんな選りすぐりの食材を持ち込んで、その場で簡単に調理して食べるんですが、素材が良いものばかりだから、シンプルな味付けでも本当においしいんですよね。それを子供の頃に経験していたことは今の道に進む上で大きかったですし、そこに集まるみなさんは自分にとって憧れの存在でもありました。」
店で提供するコースでは、奥会津牛に季節の野菜や刺身なども織り交ぜるなど、リピーターのお客様でも満足していただけるメニュー作りを心掛けているという林さん。新しい料理の創造は自分の好奇心を高めてくれるものだと言います。料理に対するその前向きな情熱は、「あ吽」という店名にもしっかりと込められています。
「料理の仕事はすべて“阿吽の呼吸”から生まれるものだと思います。料理と技術、料理と飲み物、料理と接客、和牛と野菜、和牛と魚。どれも“阿吽の呼吸”があって初めて満足していただけると思っています。そんな想いから店名を決めました。“吽”という字は口へんに牛ですから、牛肉を召し上がっていただくにはぴったりですしね。
それに、“あ”から始まって“ん”で終わる言葉なので、何事にも順序がある、牛にも命があるということにもつながる名前だと思っています。」
そんな林さんが選んだ食材はもちろん「奥会津牛」です。
Terroir
見事なサシの入った奥会津牛のサーロインは見た目も美しい
以前は福島牛の他、仙台牛や米沢牛も使っていたという林さん。2017年の春、仲間のシェフと開催したイベントで奥会津牛を育てる会津坂下町・田部畜産の田部広大さんと出会い、その意識が変わりました。
「奥会津牛の脂は普通の牛肉に比べて融点が低くて、口に入れると、とろけるような滑らかさを感じます。脂の質は、どの時期に、どういう餌を、どのように与えるかによって違ってきますが、田部さんはそれをしっかり考えながら餌を与えていて、それがしっかり脂の質に表れていました。それに、ただ肉を作るというのではなく想いを持って牛と関わっていて、そうした想いも自分の考えと一致していました。以前は生産者の顔が見えるような肉は使っていなかったのですが、田部さんと出会ってからはずっと田部さんの奥会津牛を使わせていただいています。」
Mariage
サーロインと地元食材のすき焼き仕立て
福島の冬の食には欠かせない凍み豆腐と須賀川産のネギをあらかじめ煮込み、そこに奥会津牛をさっとくぐらせた一品。すき焼き鍋の名脇役である春菊の新芽と菜の花をアクセントに沿え、メレンゲにした玉子を乗せました。合わせるお酒は天栄村、松崎酒造の「廣戸川 純米にごり」。その旨味が、すき焼きの甘みを包み込み、程よく流してくれます。
「鍋ですき焼きをいただくのは少し重いと感じる方のために、一皿でそのまま召し上がれるようにアレンジしました。ネギや凍み豆腐はあらかじめ煮込みますが、サーロインは煮込み過ぎないことで本来の味を楽しんでいただきます。菜の花や春菊も含め、食材はすべて地のものを使っています。」
牛肉の醍醐味であるサーロインステーキ。近年は脂が少なくあっさり食べられるフィレ肉などに食のトレンドが移っているとも言われますが、奥会津牛ならサーロインステーキもさっぱり食べることができ、人気の一品となっています。このサーロインステーキには、福島市・フルーツファームカトウのシードル「Ringo Madness」を合わせます。
「田部さんの肉は脂にしつこさがありません。脂の甘みがありつつ、あっさりしているんです。このステーキなら“脂を食べてしまった”という罪悪感もなく、満足感とさらっとした余韻が残るはずです。
ソースはオリジナルで、にんにく醤油に赤ワインとバルサミコを加えたベースに、冬場なら金柑を刻んで混ぜ込んだり、春先にはふきのとうで和の雰囲気を出したり、季節を感じる何かを足して作っています。沿えた野菜は、蕪とカリフラワー、それにマイクロリーフ。これらは郡山の鈴木農場さんの野菜です。」
東京や京都、また海外で経験を積むシェフも多い中、料理人としての修行のほとんどを地元で積んだ林さん。それだけに、地元の食材と長く関わってきた自負があると言います。「郡山の生え抜きシェフ」という誇りを持ち、郡山の、そして福島の食を極めていく。その熱い想いが、彼の料理には込められていました。
「地元の食材を生かすも殺すも私たちの手にかかっていますし、生産者の方が作ったもので料理を作らせていただくわけですから、その人達の想いを伝える義務が我々にはある。そう思いながら料理と向き合っています。」