地元の食材をふんだんに使い風土を料理で表現
小さい宿ならではの気配りが心地よい小粋な宿
地元産の食材を駆使し二本松の風土を料理で表現する。野菜を中心としたメニューや薬膳コースが人気で女性のリピーターも多い。
2020年は、福島県を代表する名峰の一つ・安達太良山が噴火してからちょうど120年。火山は時に人間の力が到底及ばない自然の猛威を私たちに見せつけますが、それと引き換えに、雄々しく美しい風景や、心を満たし体を癒す湯の恵みを私たちにもたらしてくれます。
安達太良山の山頂を目指すいくつかの登山口の中でも特に多くの登山客が利用する奥岳登山口。その玄関口に広がる岳(だけ)温泉も、安達太良山の豊かな自然の恩恵を受ける温泉地の一つです。温泉神社の参道でもあるヒマラヤ大通り沿いを中心に10数軒の旅館が建ち並び、「美肌の湯」として高い人気を誇っています。
今回お邪魔した「お宿 花かんざし」も、その大通りに面した旅情あふれる宿です。全8室の小さな旅館ならではの細やかなおもてなしと地元の食材を活かした料理で多くのリピーターに愛されています。建物は昭和初期に建てられた旅館をリノベーション。オープンは平成元年ですが、家業としては140年、現在の女将である二瓶明子さんで7代目という歴史を誇ります。館内も長い歴史を感じさせるレトロで小粋な雰囲気に溢れています。
厨房で腕を振るうのは、望月昭料理長。千葉県で生まれ育ち、サラリーマン経験を経て料理の道へと進みました。その後、親戚筋でもあったこの旅館に入り、以来約30年、この地で腕を振るっています。
岳温泉は二本松市の市街地から車で約20分、標高約600mの高地にあり、冬場は積雪の多い場所でもあります。旅行客にとっては魅力的な風情となる冬の寒さも、千葉からやってきた当初の望月さんにとっては非常にこたえたとか。しかし今では、福島の食材の魅力を引き出し多くのお客様をうならせる「地元の料理人」として、旅館に欠かせない存在となっています。女将さんは、「料理長の料理が楽しみでいらっしゃるお客様も多いんです」と語ります。
最近は女性グループのお客様が多いこともあり、味はもちろん盛り付けの美しさにもこだわる望月料理長。この日はまず、地元で採れた秋の味覚を中心に、長年の技をふんだんに取り入れた盛り合わせを用意してくださいました。
Terroir
器にまで季節の彩りを添えた秋尽くしの前菜盛り合わせ。
籠に見立てた器に盛られたのは、いちじくの甘露煮、揚げたそうめんをイガに見立てた甘栗、かきの生酢、さんまの綿焼き、きぬかつぎの5品。市内に4つの酒蔵がある酒どころ、二本松の酒に寄り添うつまみが並びました。女将さんがこの前菜に合わせたのは、地元二本松市 檜物屋酒造の「千功成 吟醸」。まさにこの地の風土をダイレクトに感じることができる、地元で長く愛される銘酒です。
海のもの以外の食材はほとんどが地元産。野菜は二本松市の南に位置する大玉村の契約農家から、その日の朝に採れた新鮮な野菜がほぼ毎日届きます。
「地産地消が叫ばれるようになった20年ほど前から、食材はできる限り地元の食材を使うようにしています。ご高齢のお客様や女性のお客様から野菜を多く食べたいというご要望をいただきますが、せっかくなら新鮮な野菜を食べていただきたいので、地元の農家さんの存在は非常にありがたいです。」(望月料理長)
この日届いていた野菜は、玉ねぎ、ヤングコーン、甘長とうがらしなど。料理を前提に仕入れるのではなく、届いた野菜を見てその日の彩りを考えるところも、望月料理長の技術と経験のなせる業です。
Mariage
福島牛のステーキ。旬の野菜を添え、地元二本松の銘酒と味わう。
料理のメインとなるのは、牛肉、アワビ、薬膳のいずれか。牛肉はもちろん福島牛です。石で焼き、季節に合わせた自家製のソースでいただきます。この日のソースは「木の実のポン酢だれ」。青唐辛子で程よく辛みを効かせつつ、ハーブの一種セージで香りづけしました。お好みでスダチを絞れば、その爽やかさが牛肉の旨味と絶妙に絡み合います。牛肉とともに味わう野菜は、じゃがいも、甘長とうがらし、ヤングコーンなど。さらに、秋らしく贅沢に松茸を添えました。
この福島牛のステーキに合わせるのは、こちらも二本松市 大七酒造の純米大吟醸「箕輪門」。すっきりとした味わいの中にまろやかな旨味が広がり牛肉の脂もさらりと流す大七のトップブランドです。
震災後の一時期にはクジラ料理の店で腕を振るったこともあるという望月料理長。その経験を活かしたクジラのローストも、花かんざしの人気の料理の一つです。前日から塩、コショウ、醤油をベースにしたタレに漬け込み、ニンニクで臭みを抑えつつ表面を焼いたあと、低温調理で仕上げます。このクジラのローストに合わせるのは、やはり二本松市 人気酒造の「人気一 黒人気 純米吟醸」。酸と旨味の程よいバランスが魅力です。
味付けは地元産の日野菜かぶをピクルスにしたタルタルソースで。傍らに添えたのは、かぼちゃ、芽キャベツ、湯がくと繊維状にほぐれシャキシャキとした歯ごたえを楽しめるバターナッツ。これらを人参のドレッシングでいただきます。
女将さんは、この地でお客様を迎え、料理でもてなすことについてこう話します。
「食の文化は各地で違うものですから、わざわざここを訪ねてくださったお客様のために、この土地の風土を料理で表せればと思っています。また食材だけではなく、会津塗りのお椀を使ったり、二本松萬古焼の器を使ったりしながら、すべてに福島らしさを感じていただけるようにと思っています。」
リピーターのお客様に対してはその都度お好みのお料理をご用意するなど、小さな宿ならではの心配りで一人ひとりのお客様に手が届くおもてなしを心がけているという女将さん。ご自身が考える温泉宿としてのあり方についても語ってくださいました。
「近年はインバウンド需要が非常に高まり、旅館も外国のお客様が泊まりやすいよう泊食分離にすべきだとか、いろいろな意見がありました。もちろんそれも大切なことではありますが、一方で、旅館の原点とは何だろうとも考えます。私は女将として、”帰ってきた”と思っていただけるような、また懐かしさを感じていただけるようなしつらえを忘れたくないと思っています。
最近は仲居さんのいない旅館も増えていますが、旅の醍醐味である人との触れ合いを大切にしたいという想いから、今もお客様一組ごとに仲居をつけて、到着された時から食事のお世話、そしてお見送りまで担当させていただいています。効率化が求められる時代に逆行しているようではありますが、そうしたところでお客様と仲居の人間関係が生まれ、お客様がリピーターになってくださることもあると思うんです。
お客様のご要望を見極めながら世話を焼かせていただくようなサービスの仕方を私たちは続けていきたい。それが、私たちのような小さな旅館の使命ではないかと思っています。」
そんな女将さんの想いを料理で形にした望月料理長の逸品。その味わいは、旅だからこそ感じることができる非日常の贅沢さと、この土地が醸す日常の温もりとに溢れていました。