「主役は生産者」素材の魅力を伝えるのが料理人の仕事
明治時代から続く老舗の名店。繊細な日本料理と地酒で特別なひと時を。
東京駅から約1時間半。交通の便が良く、福島県内でも主要な都市として考えられている郡山市。交通量の多いメイン通りから一本裏道に入った所にその店はひっそりと佇んでいます。
明治時代からこの土地で続く老舗の日本料理店「粋・丸新」。のれんをくぐると季節の植栽が静かにお出迎え。店内入口まで続いている石畳をゆっくり歩けば、少しいつもと違う特別感に期待がふくらみます。
この店で提供される料理は、コース(完全予約制・6,600円~)のみ。「このクオリティの料理がこの価格で味わえるなんて」と、関東圏からわざわざここで食事をするためだけに訪れる人も少なくありません。
市内でも名高い存在の同店ですが、実は創業当初は日本料理店ではなかったそう。
「初代は新潟から移り住んできた米屋でした。それが時代の流れで必要に応じて変わってきて日本料理店に。私で5代目ですが、先代から教えられてきたのは『細くてもいいから長く続けていく』こと。お客様に感謝し、生産者に感謝し、「丸新」という名前がなくならないようにコツコツと積み上げていく。それが大切だと聞かされてきました」。
Terroir
良質な素材を前に真摯に向き合う
熊倉さんが大切にしているのは、生産者とのつながりです。
「私は『料理の主役は生産者』だと思っています。うちの場合は味噌や醤油、塩に酒などの調味料全般と野菜のほとんどが福島県内産。肉や魚は東日本大震災があってから、全国各地の生産者さんから取り寄せるようになりました。震災の時に県外の生産者さんたちは本当にお世話になって。困った時に助けてもらったことは、忘れられないですね。そんな生産者たちの作った物を出しゃばらずに伝えていくのが料理人の仕事ではないでしょうか。」
さらに熊倉さんはこう続ける。
「素材を一番おいしく食べられる方法を知っているのは、生産者ですからね。彼らは素材の扱い方のスペシャリスト。だからどうやって食べるのがおいしいのか、生産者さんに教えていただくことも多いです。そこからヒントを得て、自分の料理に取り入れる。現地に赴いて直接学ぶことも多く、これからも密な関係性でいたいと思っています。」
同店では旬の物を多く扱っており、同じ皿に巡り合うことはありません。運ばれてきた料理を口に運ぶと、熊倉さんが真摯に料理に向き合っている姿勢が伝わってきます。
例えば、刺身の一皿。そこに何気なく付いてくる醤油に注目して欲しい。口にふくんだ途端、ふわっとした香りと深みが感じられます。この醤油は、天栄村に古くからある醸造蔵「鈴木醤油店」さんのもろみ醤油。添加物を加えず、麹蓋と木桶を使って作る手づくりの品です。そのままでも十分おいしいですが、熊倉さんはさらに手間を惜しみません。昆布だしや酒などと合わせ、丸新の最適解を導き出してお客様に提供。その際、醤油に加えている酒は同じ村内にある蔵元「廣戸川酒造」のものだそう。
「同じ村、同じ水を使って作られた醤油と酒。合わないはずがありません。いくら良い素材を使っていても、酒をケチると味が落ちてしまう。だから合わせ醤油に使う酒も、おいしいと思う物を使うんです。」
味噌は郡山市民もおなじみの「宝来屋」さんのもの。非日常の空間で家庭的ないつもの味噌に出会うと、嬉しさもひとしお。そうやってじっくり厳選した良質な素材に丁寧に手を加え、丸新の料理として新しい息吹が誕生します。
Mariage
極上おつまみ「八寸」で最高に美味しいお酒を味わう
さて、今回一番のお目当ては「焼き八寸(はっすん)」。
八寸とは亭主と客が親しく杯をかわして閑談する場面で出される料理のこと。味覚や嗅覚、触覚の違いを一皿の中で表現するなど、料理人の腕の見せ所のひとつでもあります。取材した9月中旬は、ちょうど秋の食材へと入れ替わる時期。
「アマダイの若狭焼」に「ボウズギンポの味噌漬け焼き」「サワラのネギ焼き」「太刀魚の照り焼き」など4種の魚を中心に、季節のあしらいが盛りつけられ華やかな印象です。
箸を進めていくと味の違いはもちろん、食感や香りなどが変化していき、一品一品がこの皿の印象をどんどん塗り替えていきます。「おいしいものをちょっとずつ」という言葉をリアル再現したような一皿は、酒の肴に最適で飽きのこないメニューです。
この皿にマリアージュするのは、もちろん福島の日本酒。「福島のお酒は旨味が強いものが多くて、日本料理によく合います」。
店内には個室やテーブル席の他、カウンター席もあります。
おすすめはカウンター。目の前で仕上がっていく料理を目で楽しむのも一興、店主と語らうのもまた一興。実は熊倉さんは大のワイン好きでもあります。そのため同店では気軽に味わえるものから希少なものまで、日本料理に合うワインを多数取り揃えています。
「日本酒ってなんとなく団結力とか絆というか。親しい人たちと飲んで結束力を確かめるような、そんな強いイメージがあります。一方、ワインは緩い感じ。ガブガブ飲むのではなく香りを楽しみ、『では、また今度』といって去っていくような。正反対ですが、どちらも日本料理によく合うんですよ」と笑顔がこぼれます。
福島の素材を使った料理に他国のワイン。まったく違った場所で生まれたものが、うまくペアリングするのも興味深いです。
(執筆/木俵麻樹子)
粋・丸新
- 住所:福島県郡山市神明町15-4
- 電話:024-922-1851
- 時間:11:30 - 13:30(L.O. 13:00)/17:00 - 22:00(L.O. 21:00)、ランチは平日(月~金) 土は夜のみ営業
- 定休日:日曜日、祝日(不定休あり)